哭奥州藤使君
〈九月廿二日、四十韻〉 〈九月廿二日、四十韻〉
家書告君喪 家書 君が
約略寄行李
病源不可医 病源
被人厭魅死 人に
曾経共侍中
了知心表裏
雖有過直失
矯曲孰相比
東涯第一州
分憂為刺史
盈口含氷雪 口を
繞身帯弦矢 身を
僚属銅臭多
鑠人煎骨髄 人を
土風絶布悪
殷勤責細美
兼金又重裘
鷹馬相共市
市得於何処 市め得たること
多是出辺鄙 多くは
辺鄙最〓俗 辺鄙 最も
為性皆狼子
価直甚蚩眩
弊衣朱与紫
分寸背平商
野心勃然起
自古夷民変
交関成不軌
邂遘当無事
兼贏如意指
惣領走京都
豫前顔色喜
便是買官者
秩不知年幾
有司記暦注
細書三四紙
帰来連座席 帰り来たらば座席に連なり
公堂偸眼視
欲酬他日費
求利失綱紀 利を求めて
官長有剛腸
不能不切歯
定応明糾察 定めて
屈彼無廉恥
盗人憎主人
致死識所以 死を
精霊入冥漠 精霊
不由見容止
骸骨作灰塵
無処伝音旨
葬来十五旬 葬られしよりこのかた 十五
程去三千里
廻環多日月
重複幾山水 重複す
憶昔相別離 昔 相別離せしときを
寧知独傷毀
君間泉壌入 君は
我劇泥沙委 我は
天西与地下 天の西と地の下と
随聞為哭始 聞くに
哭罷想平生 哭すること
一言遺在耳
曰吾被陰徳
死生将報爾 死すとも生くとも
惟魂而有霊
莫忘旧知己
唯要持本性
終無所傾倚
君瞰我凶慝 君 我が
撃我如神鬼 我を
君察我無辜 君 我が
為我請冥理 我が為に
冥理遂無決 冥理
自茲長已矣
言之涙千行 言はば 涙
生路今如此 生路 今
聞之腸九転 聞けば
幽途復何似
拙詞四百言
以代使君誄
〈(延喜元年)九月廿二日、四十韻〉
家族からの手紙が 君の死を伝えてきた
概要(を書いた手紙)を 使者に託して
病の原因を治す事もできず
人に呪われて死んだと(手紙には書いてあった)
(私達は)以前 共に
(お互い)心の表と裏を良く分かっていた
(性格が)実直すぎる(という)欠点が (君には)あったが
非道を正すことに(ついて)は 誰も比べようがなかった
(君は)東の果ての第一の国(である陸奥)に
(民衆と)憂いを分け合って国司となった
口を満たすために 氷と雪を含み
身にまとうために
(だが)部下には 金で官職を買った輩が多く
人を中傷して 心の底まで痛めつける
土地柄 粗悪な麻布もないので
(彼らは)執拗に 細々とした立派な物を要求する
(そうして取り立てたのは)良質な金 そして 重ねた皮衣
(加えて)鷹と馬を 一緒に手に入れる
(これらは)どこで手に入るのか
そのほとんどは 辺境で産出するもの
(だが)辺境の風俗は 最も粗暴で
(民衆の)本質は 皆狼の子のように荒々しい
価値ある品物(を売る際)は すこぶる(相手を)愚弄して
ぼろぼろの服(を着た人間)には 善人も悪人もいる(外見で善悪は判断できない)
(だが)ほんのわずかでも 普段の商いに背けば
荒々しい心が 突然生じる
昔から蝦夷の民が(すぐ態度を)変えるのは
(我々と)取り引きこそしても(守るべき)規則がない(からだ)
偶然出会ったのだから 何事もあってはならない
(しかし)倍の利益を得るので 考えるところがあるようだ
(任期満了が近づくと)執事が 都に赴き
事前に進み出て(品物を贈り) (相手の)顔がほころぶ
つまりこれが (金で)官職を買った人物
(受け取る側は地方官の)任期が何年間か知らない
(しかし)官吏は(地方官の任期満了の時期を)暦に書き付け
(書き切れない分は)紙三四枚に細々と記す
(贈った人間が都に)帰ってくれば座席に列し
役所では人目を盗んで(贈った相手に)視線を送る
(贈られた側は)過去の出費に応えようとして
利益を求めて法規を忘れ果てる
長官に 意思の強い人物がいれば
(その様子に)歯ぎしりせずにおられようか
きっと(監督する立場から)取り調べて罪を明らかにし
あの恥知らずを押さえ付けるはずだ
(すると)泥棒は主人を逆恨みし
(主人は)殺されて(ようやく)原因を理解する
(君の)霊魂は 暗闇(の世界)に入り
立ち居振る舞いを見る
(君の)身体は 灰と土ぼこりになり
(私の)言葉を伝える先もない
葬られてから(訃報が届くまで) 百五十日
(君のいた多賀城との)距離は離れること 三千里
数多の月日がめぐり
どれほど(多く)の山川に隔てられているのだろう
昔 別れた時(のこと)を回想しても
(君が)独り殺されるとは どうして分かっただろう
君は安らかに黄泉の世界に入ったが
私はせわしく泥と砂に捨てられたままだ
(私のいる)天の西と(君のいる)地の下と
(訃報を)聞いた途端に泣き出した
泣き止んで昔を回想すると
(君の)ある言葉が
「私は (あなたの)人知れぬ恩徳を受けています
死んでしまっても生きていても あなたに恩返しをしようと思っています」
(君の)魂に霊が宿るなら
(私という)旧知の人間を忘れないで欲しい
ただ(君に)求めるのは (私が)生来の性質を堅持し
最後まで寄り掛かることのないようにということだけだ
君よ 私が道理に背いたと御覧になるのなら
死霊のように私を殺して欲しい
君よ 私の無実を御存知なら
私のために(天へ)深遠なる真理を求めて欲しい
深遠なる真理も 結局定まらないのであれば
今後は永遠にどうにもならない(もう真実を訴える術はない)
(君に向かって そう)告げると 涙がとめどなく流れる
(私の)人生は 今やこの有様
(だが君の死を)聞くと 腸が九回ねじれる(ほどの苦しみを覚える)
あの世への道は どのようなものなのか
拙い詩 四百字
もって陸奥守殿への追悼文に代えよう