山陰亭

原文|解説|口語訳

『菅家文草』02:117

夢阿満  阿満《あまろ 》を夢《ゆめ》む

阿満亡来夜不眠  阿満亡《な》くなりしよりこのかた 夜も眠らず
偶眠夢遇涕漣漣  偶《たまたま》 眠れば夢に遇《あ》ひ 涕《なみだ》 漣々《れんれん》たり
身長去夏餘三尺  身の長《たけ》 去夏《きよか 》は三尺に餘《あま》れり
歯立今春可七年  歯《よはひ》立ち 今春は七年なるべし
従事請知人子道  事に従ひて 人の子の道を知らんと請《こ》ひ
読書諳誦帝京篇  書を読みて 帝京篇《ていけいへん》を諳誦《あんしよう》せり
 〈初読賓王古意篇。〉  〈初め賓王《ひんわう》が古意篇《こいへん》を読めり。〉
薬治沈痛纔旬日  薬の沈痛《ちんつう》を治むること 纔《わづか》に旬日《しゆんじつ》
風引遊魂是九泉  風の遊魂《いうこん》を引く 是《こ》れ九泉《きうせん》
爾後怨神兼怨仏  爾後《じご》 神を怨《うら》み 兼《ま》た 仏を怨む
当初無地又無天  当初 地無《な》く 又《また》 天も無《な》かりき
看吾両膝多嘲弄  吾《わ》が両膝《りやうしつ》を看《み》 嘲弄《てうろう》すること多し
悼汝同胞共葬鮮  悼《いた》むらくは 汝《なんじ》が同胞《どうはう》の共に鮮《わか》きを葬りしこと
 〈阿満已後、小弟次夭。〉  〈阿満已後《いご》、小弟次いで夭《わかじに》せるなり。〉
韋誕含珠悲老蚌  韋誕《いたん 》 珠《たま》を含めども 老蚌《らうはう》を悲しび
荘周委蛻泣寒蝉  荘周《しうさう》 蛻《ぬけがら》を委《ゆだ》ぬれども 寒蝉《かんせん》を泣く
那堪小妹呼名覓  那《な》んぞ堪《た》へん 小妹《せうまい》の名を呼びて覓《もと》むるを
難忍阿嬢滅性憐  忍び難《がた》し 阿嬢《あぢやう》の性を滅して憐《あは》れぶを
始謂微微腸暫続  始め謂《い》ふ 微々《びび》として 腸《はらわた》 暫《しばら》く続くと
何因急急痛如煎  何に因《よ》る 急々として痛むこと煎《い》るが如《ごと》しと
桑弧戸上加蓬矢  桑弧《さうこ 》 戸上《こしやう》に蓬矢《ほうし 》を加へ
竹馬籬頭著葛鞭  竹馬 籬頭《りとう 》に葛鞭《かつべん》を著《つ》く
庭駐戯栽花旧種  庭に駐《とど》む 戯《たはむ》れに花の旧種《きうしょう》を栽《う》ゑしを
壁残学点字傍辺  壁に残る 学びて字の傍辺《はうへん》に点ぜしを
毎思言笑雖如在  言笑《げんせう》を思ふ毎《ごと》に 在《あ》るが如《ごと》くなれども
希見起居惣惘然  起居《ききよ 》を見んと希《ねが》へど 惣《すべ》て惘然《ばうぜん》たり
到処須弥迷百億  到《いた》る処《ところ》 須弥《しゆみ 》 百億に迷はん
生時世界暗三千  生るる時 世界 三千暗からん
南無観自在菩薩  南無《なむ》観自在菩薩《かんじざいぼさつ》
擁護吾児坐大蓮  吾児《ごじ》を擁護《ようご 》して 大蓮に坐らせたまへ

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口語訳

阿満《あまろ 》を夢に見る

阿満が死んでしまってから 夜も眠れない
運良く眠れば夢に出てきて 涙がとめどなく流れる
身長は 去年の夏で三尺あまり
年齢は 今年の春で七歳だった
学問を学んで人の子としての道を知りたいと願い
漢籍《かんせき》を読んで「帝京篇《ていけいへん》」を暗唱した
〈最初に駱賓王《らくひんおう》の「古意篇《こいへん》」を読んだ。〉
(それなのに)薬で激痛を抑えられたのは たったの十日
悪しき風に魂が連れ去られた先は 黄泉《よみ》の国
以来 神も仏も恨めしく
(死んだ)直後は (仰ぐべき)天も地もない思いだった
(前に誰もいない)両膝を見下ろし 自嘲《じちょう》する機会が増えた
(さらに)痛ましかったのは お前の兄弟まで早死にして葬式を出したことだ
〈阿満のあと、その弟も続けて夭逝《ようせい》した。〉
(韋康《いこう 》と)韋誕《いたん 》(のような優秀な兄弟)が産まれても (死ぬと)年老いた父親は悲しみ
荘子は 天地の抜け殻(たる子供)を(私に)預けたが (失えば)ひぐらしを思って泣く
どうしてこらえ切れようか 妹が(お前の)名を呼び探し回る光景を
耐えられない 母親が身をすり減らして悲しむ姿を
(あの子を失って)最初は 微かに苦しみをこらえていたのに
どうして 突然痛めつけられるような悲しみに襲われたのか
戸口には (あの子が誕生した時に用いた)桑《くわ》の弓に蓬《よもぎ》の矢が添えてあり
垣根のほとりには (あの子が遊んだ)竹の馬に葛《くず》の鞭《むち》が置いてある
庭には (あの子が)ままごとで植えた花の種がそのままになっており
壁には (あの子が)勉強して文字のそばに修正を加えた跡が残る
談笑する様子を思い出すたび そばにいるような気がするのに
立ち居振る舞いを見たくても (死んだことに気がついて)いつも茫然自失の思いに襲われる
たどりつく先は (仏の坐《いま》す)須弥山《しゅみせん》 (だが)数多の道に迷うだろう
生まれ変わる時 三千世界は暗闇となっているだろう
(あらゆる事象を見通す)観自在菩薩《かんじざいぼさつ》よ
どうかわが子を見守り 浄土へとお導き下さい

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