山陰亭

原文|解説|口語訳

『菅家文草』04:254

対鏡  鏡に対《むか》ふ

四十四年人  四十四年の人
生涯未老身  生涯は老いたる身ならず
我心無所忌  我が心 忌《い》む所無く
対鏡欲相親  鏡に対ひ 相親《あひした》しまんと欲《ほつ》す
半面分明見  半面 分明《ぶんめい》に見え
双眉斗頓頻  双眉《さうび 》 斗頓《ととん 》に頻《ひそ》む
此愁何以故  此《こ》の愁《うれ》ひ 何を以《もつ》ての故《ゆゑ》か
照得白毛新  照し得たり 白毛《はくぼう》新たなることを
自疑鏡浮翳  自ら疑ふらくは 鏡 翳《かげ》を浮かぶるかと
再三拭去塵  再三 塵《ちり》を拭《ぬぐ》ひ去る
塵消光更信  塵消えて 光更《さら》に信なり
知不失其真  知りぬ 其《そ》の真《まこと》を失はざることを
未滅胸中火  滅《き》えず 胸中の火
空銜口上銀  空しく銜《ふふ》む 口上の銀
意猶如少日  意《こころ》は猶《なほ》 少《わか》き日の如《ごと》くなれど
貌已非昔春  貌《かほ》は已《すで》に昔の春に非《あら》ず
正五位雖貴  正五位《しやうごゐ》は貴しと雖《いへ》ども
二千石雖珍  二千石《にせんせき》は珍しと雖ども
悔来手開匣  悔来《く》ゆらくは 手づから匣《はこ》を開きしことを
無故損精神  故《ゆゑ》無《な》くして精神を損《そこ》なひにけり

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口語訳

鏡に向かい合う

四十四歳の人
人生は年老いた身ではない
心に 忌まわしいことはなく
鏡に向かい (映る姿に)親しもうとする
顔半分がはっきりと見え
その途端に両眉をひそめる
この憂鬱は 何ゆえか
映ったのは 新たに生じた白い髭《ひげ》
鏡がくもったのかと思い
二度三度と 塵をぬぐい去る
(すると)塵が消えて 光がより明らかになる
気がついた (鏡は)真実を失っていないのだと
消えていない 胸の内の火は
(しかし)うつろに含むは 口の上の銀(色の髭)
気持ちは今でも若かりし日のようだが
顔つきはもはや昔の姿ではない
正五位という位は高貴だが
国司という官職は貴重だが
後悔している 自ら鏡箱を開いたことを
無意味に心を萎えさせてしまった

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