山陰亭

原文|解説|口語訳

『菅家文草』04:274

冬夜、閑思  冬の夜、閑《しづ》かに思ふ

白茅檐下火炉前  白茅《はくばう》の檐下《えんか 》 火炉の前
侍坐児童倚壁眠  侍坐《じざ》の児童は壁に倚《よ》りて眠る
案暦唯残冬一月  暦を案ずれば唯《ただ》残す 冬一月
居官且遣秩三年  官に居《を》りては遣《や》らんとす 秩《ちつ》三年
性無嗜酒愁難散  性《さが》は酒を嗜《たしな》むこと無《な》ければ 愁《うれ》へは散じ難《がた》く
心在吟詩政不専  心は詩を吟ずることに在《あ》れば 政《まつりごと》は専《もはら》ならず
千万思量身上事  千万 身上の事を思ひ量《はか》れば
窓間報得欲明天  窓間 明けんと欲《ほつ》する天を報《しら》せ得たり

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解説

 仁和4(888)年11月下旬に作られた詩です。時に道真44歳。「性は酒を嗜むこと無ければ」以下の2句は、道真の率直な告白としてつとに知られた言葉です。

 とある晩、道真は讃岐国府の官舎で一人起きていました。夜も更け、召し使いの子供も疲れ果て、座ったまま壁にもたれて眠っています。その日の記録を書きつけようとでも思ったのか、毎日の吉凶を記した具注暦《ぐちゅうれき》をひもとくと、11月も残り少なくなっていました。早いものであとひと月もすれば、単身赴任生活も3年目が終わります。
 国司の任期は4年。そろそろ仕事の結果が見えてくる頃です。しかし、「阿衡《あこう 》」に典職ありやなしやで紛糾した都の状況を別問題としても、夏に国内で起きた旱魃を打開できなかったことを思うと、自省の材料は尽きないのでした。

 こうして異郷の地で物思いに沈んでいると、自分という人間の本質に思いを致さずにはおれません。気が済むまで酒で鬱憤を晴らすことのできない身体、国司の仕事そっちのけで詩という悪魔に取り付かれる心。これではいけない、辛かろうが嫌だろうが、また朝になれば日常業務と向かい合わなければならないと頭の中では重々承知しつつ、気持ちまでは同調できないのが本当のところでした。
 しかも現実と本音の狭間できしむ精神だけでなく、今後の身の振り方も、彼の不安の種でした。任期果てて都に戻ったところで、昔のように学者として活躍する機会が与えられるか保証はない。息子達はまだ幼く、家学を継承できるだけの器量を持った者がいるかさえ判然としない。そんなことまで漠然と考えているうち、窓の向こうは白々と明るみ始めました。また案牘《あんとく》(公文書)に煩わされる一日の始まりです。

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口語訳

冬の夜、静かに物思う

白い茅を葺いた(貧居の)軒下 いろりの前
かたわらに座る子供は 壁に寄り掛かって眠る
暦を見ると (今年は)冬ひと月を残すばかりとなり
地方官としては 赴任して三年が過ぎようとしている
酒を嗜まない性分だけに憂さを晴らすのもままならず
詩を詠むことに心を寄せるので政事に集中できない
あれこれ 身の上について考え込んでいると
窓から 夜明けを知らせる光が差し込んできた

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