山陰亭

原文|解説|口語訳

『菅家後集』486

哭奥州藤使君       奥州藤使君《あうしうとうしくん》を哭《こく》す
〈九月廿二日、四十韻〉  〈九月廿二日、四十韻〉

家書告君喪  家書 君が喪《さう》を告《つ》ぐ
約略寄行李  約略《やくりやく》 行李《かうり 》に寄す
病源不可医  病源 医《いや》すべからずして
被人厭魅死  人に厭魅《えんみ 》せられて死せりと
曾経共侍中  曾経《かつて 》 共に侍中《 しちう》たりき
了知心表裏  了知《れうち 》せり 心の表裏
雖有過直失  過直《くわちよく》の失 有りと雖《いへ》ども
矯曲孰相比  曲《きよく》を矯《た》むること 孰《たれ》か相比《あひくら》べん
東涯第一州  東涯《とうがい》の第一の州に
分憂為刺史  憂《うれ》ひを分かちて刺史《しし》と為《な》りぬ
盈口含氷雪  口を盈《み》たすに 氷雪を含み
繞身帯弦矢  身を繞《めぐ》らすに 弦矢《けんし 》を帯びたり
僚属銅臭多  僚属《れうぞく》 銅臭《どうしう》多く
鑠人煎骨髄  人を鑠《そし》りて 骨髄《こつずい》を煎《い》りぬ
土風絶布悪  土風《 とふう》 布悪《 ふあく》を絶てば
殷勤責細美  殷勤《いんぎん》に 細美《せいび 》を責む
兼金又重裘  兼金《けんきん》 又《また》 重裘《ちようきう》
鷹馬相共市  鷹馬《ようば 》 相共に市《もと》む
市得於何処  市め得たること 何《いづ》れの処《ところ》に於《おい》てか
多是出辺鄙  多くは是《こ》れ 辺鄙《へんぴ 》に出《い》づ
辺鄙最〓俗  辺鄙 最も〓俗《くわうぞく》にして
為性皆狼子  為性《 ゐせい》 皆狼子《らうし 》なり
価直甚蚩眩  価直《かち》 甚《はなは》だ蚩眩《 しげん》すれども
弊衣朱与紫  弊衣《へいい 》 朱《しゆ》と紫とあり
分寸背平商  分寸《ふんすん》 平商《へいしやう》に背《そむ》かば
野心勃然起  野心《 やしん》 勃然《ぼつぜん》として起《た》つ
自古夷民変  古《いにしへ》より夷民《 いみん》の変《か》はること
交関成不軌  交関《かうくわん》成れども軌《き》あらず
邂遘当無事  邂遘《かいこう》すれば 無事なるべく
兼贏如意指  兼贏《けんえい》すれば 意指《いし》あるが如し
惣領走京都  惣領《そうりやう》 京都《けいと 》に走《おもむ》き
豫前顔色喜  豫《あらかじ》め前《すす》め 顔色喜ぶ
便是買官者  便《すなは》ち是れ 官を買ひし者《ひと》
秩不知年幾  秩《ちつ》は年幾《いく》ばくなるかを知らず
有司記暦注  有司《いうし 》は暦に記し注《しる》し
細書三四紙  細書《さいしよ》すること三四紙
帰来連座席  帰り来たらば座席に連なり
公堂偸眼視  公堂《こうだう》に偸眼《とうがん》して視る
欲酬他日費  他日《 たじつ》の費《つひえ》に酬《むく》いんと欲《ほつ》し
求利失綱紀  利を求めて綱紀《かうき 》を失ふ
官長有剛腸  官長《くわんちやう》 剛腸《がうちやう》有らば
不能不切歯  切歯《せつし 》せざること能《あた》はざらん
定応明糾察  定めて糾察《きうさつ》を明らかにし
屈彼無廉恥  彼《か》の廉恥《れんち 》無きを屈すべし
盗人憎主人  盗人《たうじん》は主人を憎み
致死識所以  死を致《いた》して所以《ゆゑん 》を識《し》る
精霊入冥漠  精霊 冥漠《めいばく》に入り
不由見容止  容止《ようし 》を見るに由《よし》あらず
骸骨作灰塵  骸骨《かいこつ》 灰塵《くわいちん》と作《な》り
無処伝音旨  音旨《いんし 》を伝ふるに処《ところ》無し
葬来十五旬  葬られしよりこのかた 十五旬《しゅん》
程去三千里  程《てい》は去ること 三千里
廻環多日月  廻環《くわいくわん》す 多くの日月《じつげつ》
重複幾山水  重複す 幾《いく》ばくの山水ぞ
憶昔相別離  昔 相別離せしときを憶《おも》へど
寧知独傷毀  寧《いずくんぞ》ぞ知らんや 独り傷毀《しやうき》せらるるとは
君間泉壌入  君は間《しづか》に泉壌《せんじやう》に入りたまへど
我劇泥沙委  我は劇《いそが》しくして泥沙《でいさ 》に委《す》てられにたり
天西与地下  天の西と地の下と
随聞為哭始  聞くに随《したが》ひて為《ため》に哭し始《はじ》む
哭罷想平生  哭すること罷《や》みて平生《へいぜい》を想ふに
一言遺在耳  一言《いつげん》 遺《のこ》りて耳に在《あ》り
曰吾被陰徳  曰《いは》く「吾《われ》 陰徳を被《かう》むれり
死生将報爾  死すとも生くとも 爾《なんぢ》に報いんとす」と
惟魂而有霊  惟《こ》れ魂にして霊有らば
莫忘旧知己  旧《もと》の知己《ちき》を忘るること莫《な》かれ
唯要持本性  唯《ただ》 要《もと》むるは 本性《ほんせい》を持し
終無所傾倚  終《つひ》に傾倚《けいい 》する所無からんことのみ
君瞰我凶慝  君 我が凶慝《きようとく》を瞰《み》たまはば
撃我如神鬼  我を撃《う》つこと神鬼《しんき 》の如くしたまへ
君察我無辜  君 我が無辜《むこ》を察《し》りたまはば
為我請冥理  我が為に冥理《めいり 》を請《こ》ひたまへ
冥理遂無決  冥理 遂《つひ》に決すること無くんば
自茲長已矣  茲《これ》より長《とこし》へに已《や》みなん
言之涙千行  言はば 涙千行《せんかう》す
生路今如此  生路 今此《か》くの如し
聞之腸九転  聞けば 腸《はらわた》九転す
幽途復何似  幽途《いうと 》 復《ま》た何似《いかん 》
拙詞四百言  拙詞《せつし 》 四百言《しひやくげん》
以代使君誄  以《もつ》て使君が誄《しのびごと》に代へん

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口語訳

陸奥守《むつのかみ》藤原(滋実《しげざね》)殿の死を歎く
〈(延喜元年)九月廿二日、四十韻〉

家族からの手紙が 君の死を伝えてきた
概要(を書いた手紙)を 使者に託して
病の原因を治す事もできず
人に呪われて死んだと(手紙には書いてあった)
(私達は)以前 共に蔵人《くろうど》だった
(お互い)心の表と裏を良く分かっていた
(性格が)実直すぎる(という)欠点が (君には)あったが
非道を正すことに(ついて)は 誰も比べようがなかった
(君は)東の果ての第一の国(である陸奥)に
(民衆と)憂いを分け合って国司となった
口を満たすために 氷と雪を含み
身にまとうために 弓弦《ゆみづる》と矢を身につけた
(だが)部下には 金で官職を買った輩が多く
人を中傷して 心の底まで痛めつける
土地柄 粗悪な麻布もないので
(彼らは)執拗に 細々とした立派な物を要求する
(そうして取り立てたのは)良質な金 そして 重ねた皮衣
(加えて)鷹と馬を 一緒に手に入れる
(これらは)どこで手に入るのか
そのほとんどは 辺境で産出するもの
(だが)辺境の風俗は 最も粗暴で
(民衆の)本質は 皆狼の子のように荒々しい
価値ある品物(を売る際)は すこぶる(相手を)愚弄して騙《だま》すが
ぼろぼろの服(を着た人間)には 善人も悪人もいる(外見で善悪は判断できない)
(だが)ほんのわずかでも 普段の商いに背けば
荒々しい心が 突然生じる
昔から蝦夷の民が(すぐ態度を)変えるのは
(我々と)取り引きこそしても(守るべき)規則がない(からだ)
偶然出会ったのだから 何事もあってはならない
(しかし)倍の利益を得るので 考えるところがあるようだ
(任期満了が近づくと)執事が 都に赴き
事前に進み出て(品物を贈り) (相手の)顔がほころぶ
つまりこれが (金で)官職を買った人物
(受け取る側は地方官の)任期が何年間か知らない
(しかし)官吏は(地方官の任期満了の時期を)暦に書き付け
(書き切れない分は)紙三四枚に細々と記す
(贈った人間が都に)帰ってくれば座席に列し
役所では人目を盗んで(贈った相手に)視線を送る
(贈られた側は)過去の出費に応えようとして
利益を求めて法規を忘れ果てる
長官に 意思の強い人物がいれば
(その様子に)歯ぎしりせずにおられようか
きっと(監督する立場から)取り調べて罪を明らかにし
あの恥知らずを押さえ付けるはずだ
(すると)泥棒は主人を逆恨みし
(主人は)殺されて(ようやく)原因を理解する
(君の)霊魂は 暗闇(の世界)に入り
立ち居振る舞いを見る術《すべ》もない
(君の)身体は 灰と土ぼこりになり
(私の)言葉を伝える先もない
葬られてから(訃報が届くまで) 百五十日
(君のいた多賀城との)距離は離れること 三千里
数多の月日がめぐり
どれほど(多く)の山川に隔てられているのだろう
昔 別れた時(のこと)を回想しても
(君が)独り殺されるとは どうして分かっただろう
君は安らかに黄泉の世界に入ったが
私はせわしく泥と砂に捨てられたままだ
(私のいる)天の西と(君のいる)地の下と
(訃報を)聞いた途端に泣き出した
泣き止んで昔を回想すると
(君の)ある言葉が耳朶《じだ》に残っている
「私は (あなたの)人知れぬ恩徳を受けています
 死んでしまっても生きていても あなたに恩返しをしようと思っています」
(君の)魂に霊が宿るなら
(私という)旧知の人間を忘れないで欲しい
ただ(君に)求めるのは (私が)生来の性質を堅持し
最後まで寄り掛かることのないようにということだけだ
君よ 私が道理に背いたと御覧になるのなら
死霊のように私を殺して欲しい
君よ 私の無実を御存知なら
私のために(天へ)深遠なる真理を求めて欲しい
深遠なる真理も 結局定まらないのであれば
今後は永遠にどうにもならない(もう真実を訴える術はない)
(君に向かって そう)告げると 涙がとめどなく流れる
(私の)人生は 今やこの有様
(だが君の死を)聞くと 腸が九回ねじれる(ほどの苦しみを覚える)
あの世への道は どのようなものなのか
拙い詩 四百字
もって陸奥守殿への追悼文に代えよう

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