山陰亭

原文|解説|口語訳

『菅家後集』497

種菊  菊を種《う》う

青膚小葉白牙根  青膚《せいふ 》の小葉 白牙《はくが 》の根
茅屋前頭近逼軒  茅屋《ばうおく》の前頭 近く軒《のき》に逼《せま》る
将布貿来孀婦宅  布を将《もつ》て貿《か》へ来たり 孀婦《さうふ 》の宅《いへ》
与書要得老僧園  書を与へて要《もと》め得たり 老僧の園
未曾種処思元亮  曾《か》つて種《う》うる処《ところ》 元亮《げんりやう》を思はず
為是花時供世尊  是《こ》れ花の時 世尊に供《そな》ふる為《ため》なり
不計悲愁何日死  計《はか》らず 悲愁 何れの日にか死すと
堆沙作〓荻編垣  沙《いさご》を堆《うづたか》くして〓《ませ》を作り 荻《おぎ》を垣《かき》に編む

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解説

 延喜2年春、やはり道真は庭に菊を植えていました(『菅家文草』04:303「諸の小郎と同じく、客中の九日、菊に対ひて懐ひを書す 」)。未亡人とは布との物々交換、僧侶には手紙をしたため、従者を通じて得た苗を、部屋から見える場所を選んで植えました。「釈迦世尊に供えるためであって菊を愛した陶潜(陶淵明)にちなんでのことではない」と、言い訳をしてはみるものの、湿気がちな土壌で根腐れを起こさないよう、砂で土手を作り、自分の手で植え、踏まれないように垣根を作る、その行動は念に入ったものでした。

 秋になって花開くまで、自分の命が持つか定かではありませんでしたが、世話の甲斐あってこの年は幸い白さを愛でることができました。それが最後の秋ではありましたが。

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口語訳

菊を植える

表面が青い小さな葉 白い牙のような根
茅《ちがや 》で葺《ふ》いた家のほとり 軒端《のきば 》に迫る(庭先に菊の苗を植えた)
布と交換したのは 未亡人の家(の菊)
手紙を贈って入手できたのは 年長《た》けた僧侶の庭(の菊)
今まで(菊を)植えたのは 陶潜《とうせん》を想ってではない
花が咲いた時 御仏にお供えするためだ
悲しみや憂いで いつ死ぬか 分からないが
砂を積み上げて土手を作り 荻《おぎ》で垣根を編む

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