山陰亭

原文|解説|口語訳

『菅家後集』492

元年立春〈十二月十九日〉  元年の立春〈十二月十九日〉

天愍長寒万物凋  天は愍《あは》れぶ 長く寒くして 万物の凋《しぼ》むことを
晩冬催立早春朝  晩冬 立つことを催《うなが》す 早春の朝《あした》
浅深何水氷猶結  浅深《せんじむ》 何《いづ》くの水か 氷猶《なほ》結べる
高卑無山雪不消  高卑《かうひ 》 山無《な》くとも 雪消えず
根抜樹応花思断  根 抜くるれば 樹 花思《くわし 》 断《た》ゆべく
骨傷魚豈浪情揺  骨 傷《いた》むれば 魚 豈《あに》 浪情《らうじやう》 揺《うご》かさん
偏憑延喜開元暦  偏《ひとへ》に憑《たの》む 延喜《えんぎ 》 元暦《げんれき》を開くを
東北廻頭拝斗杓  東北に頭《かうべ》を廻《めぐら》し 斗杓《 とへう》を拝す

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解説

 現在の太陽暦では2月頃に立春が来ますが、旧暦(太陰太陽暦)では2回に1回程度は12月中に立春が来ます。これを「年内立春」と言いますが、『古今和歌集』の巻頭を飾る歌もこの主題を扱っています。
 「年内に訪れた春は、去年なのか今年なのか」と、言葉尻をもてあそぶような内容だったために、かの正岡子規に酷評されてはいますが、この歌は『古今和歌集』らしい歌だと思います。と言いますのも、ダジャレや機知を駆使した歌が他にも見受けられるからで、『詩経』大序を下敷きに、序文で高邁な理念を語っている割には案外遊んでいるな、という印象を受けました。
 そしてその「遊んでいる」和歌の数々が詠まれた時代は、まさに道真の生きた時代と重なります。漢詩文の内容を踏まえた和歌、和歌の素材を取り込んだ漢詩なども作られました。漢詩にはしかめ面をした男性が作るものというイメージがありますが、実際に道真の詩を読んでみると、言葉遊びやジョークもありますので、食わず嫌いで通り過ぎるのは少し惜しい気がします。例えばこんな感じ。

立於庭上頭為鶴  立ちて庭上に於いては 頭《かうべ》 鶴となる
居在炉辺手不亀  居《を》りて炉辺に在《あ》らば 手 亀《かがま》らず
(庭に立つと 降る雪で頭が鶴のように白くなる
 部屋で火鉢にあたっていると 外が寒くても手はひび割れない)
  (注)この「鶴」「亀」の対比は意味ではなく、あくまで文字そのものだけが対になっているものです。
(『菅家文草』04:276「客居して雪に対ふ」)
州民縦訴監臨盗  州民《しうみん》 縦《たと》ひ監臨《かんりん》の盗《たう》を訴ふるとも
此地風流負戴還  此《こ》の地の風流 負戴《 ふたい》して還《かへ》らん
(たとえ讃岐の民衆に「監督官が盗んだ」と訴えられるとしても
 この南山の風景は背負って帰りたいものだ)
(『菅家文草』03:232「衙後、諸僚友に勧めて共に南山に遊ぶ」)

 さて、延喜元(901)年も年の改まらぬ内に春が来ました。暦の上では春なのに、氷が結び雪が残る様子はいかにも冬の光景です。そして後に続く「花を咲かせようともしない根の抜けた木」「泳ぎ回ろうとしない骨の傷ついた魚」が道真の自己投影であることは疑うべくもありません。雪や氷が溶けたところで、この木と魚は春を楽しもうとはしないでしょう。
 昌泰《しょうたい》から延喜《えんぎ 》への改元は、道真左遷を正当化するものでしたから(479「開元の詔書を読む」を参照)、鎮西《ちんぜい》の地に恩恵は届くはずもありませんでした。にもかかわらず、彼は都の方角を向いて北斗七星に祈りを捧げます。それはあまりに痛々しい姿でした。

 「延喜」は古代の帝王の一人であった禹《う》が治水工事を行った際に出現した黒い石に刻まれていた文字に由来しますが(『尚書』)、改元という行為そのものが恩赦を導いてくれるのではないか、そんな淡くはかない期待が意識の片隅にあったのかもしれません。しかし、年が明け、仲春を迎え、何の音沙汰もなく日々は過ぎてゆきます(494「歳日の感懐」・499「二月十九日」)。そんな日常が続く中、延喜元年の詩に見られた感情の起伏や揺れが、翌年になると明らかに希薄になります。現実に対するあきらめと全身を貫いてやまない慟哭。仏の教えと詩だけが、夜明けを待つせめてものよすがでした。

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口語訳

(延喜《えんぎ 》)元年の立春〈十二月十九日〉

天は気の毒がる 寒さが続き あらゆる物がしおれることを
冬の暮れが 訪れるようせき立てる 早春の朝
(暦の上では春だが)浅いところ深いところ 氷がまだ張っているのはどこか
高いところ低いところ 山はないのに 雪は溶けない
根が抜けているので きっと木は花を咲かそうと思わないだろう
骨が傷ついているので どうして魚は波を立てたいと心動かすのか
ひたすら期待する 延喜と年号が改められたことに
東北へ頭を向け 北斗七星の柄を拝む

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